くだらない怒りの原因は自分のコンプレックス
ぼくは今までなんかいろんなことに怒って生きてきたんだなってふと感じたんです。今生きている社会であったり、ちょっと気にくわない人であったり、その他いろんなことに対してなんか自分でもよく分からない怒りというものを周りにぶちまけてきたっていうんですかね。
よくよく考えてみたらこの怒りの原因っていうのは自分のコンプレックスだったと気づきました。社会に対して怒りを感じるのはこの社会でうまく生活できない自分に負い目を感じていたから。気にくわない人って自分に持っていないなにかキラキラとしたものを持っている人だったりしたわけです。自分が持っていないものがすごく羨ましく思えてしまっていたわけ。
こんな自分の怒りっていうのは別に外の世界に原因があるんじゃなくて、外の世界と比べる自分自身にあったわけなんですよ。
怒っても自分が疲れるだけ
こんなに毎日毎日何かに対して怒っていたら本当に疲れてしまいます。いや、疲れるっていうのかこんなことにいちいち気持ちを揺さぶられる自分自身にうんざりしてしまうっていうんですかね。本当に参っちゃいました。
例えば誰かが海外旅行に行ったとするじゃないですか。そうするとこんな感じで怒りというか嫉妬に近い感情がわき上がってくるんです。
あの人はお金も時間もあるからいろんな場所にいけるんだ。それに比べて自分は…
まったくもって不健康な思考パターン。
自分が熱中できるものを持つと気にならない
ここで気づいたのはこの怒りや嫉妬は自分と比較するから怒ってくるもんであって、自分と比較しなければこんな感情は怒ってこないんです。
じゃあどうしたら比較しなくてよくなるのか?
それは本当に自分が熱中できることをやれば良いんです。本当に自分が没頭することができることがあればそれは絶対的な価値観になるんですよ。逆に言うと今までこんな怒りや嫉妬の感情が出てきていたのは自分のやっていることが相対的な価値観しか自分にもたらさないものだったからっていうこと。その程度のことしかやってこなかったってことです。
本当に自分が没頭できることをやっている人は、他の人がどうであれ全くどうでも良いんです。全く気にしない。これこそが健全なる精神状態じゃないですか。
ぼくもそういうものを見つけつつあるので最近は変にイライラすることも少なくなってきましたよ。